DVを受けている
妻が夫から殴られたり、叩かれたり、蹴られたり、髪を引っ張られたり等の身体的な暴力を受けている、いわゆるドメスティックバイオレンス(DV)のケースでやるべきこと、注意すべきことについて説明します。
目次
1身の安全の確保
DVの事案では、妻子の身の安全の確保が最優先事項です。
そのために、まず、配偶者暴力相談支援センター(DV相談センター)又は警察(生活安全課)に相談に行きます。
DV相談センターには、婦人相談所、都道府県の福祉事務所や男女共同参画センター、女性センター等があります。状況に応じて、シェルター(一時保護施設)入所や生活保護受給の相談が出来ます。
また、DV相談センターでDVの相談をすると「配偶者からの暴力の被害者にかかる証明書」(DV相談証明書)を発行してもらえます。これにより、母子で夫の健康保険の被扶養者から抜けたり、支援措置(住民登録上の住所等を自分以外に開示しないようにする手続き)などを取ることが可能です。
2夫に居住地などを知られないようにする対策
DV事案でせっかく夫から逃れて避難しても、夫に居場所が知られてしまっては元も子もありません。そのための対策を考えなければなりません。
(1)支援措置
DV被害者が市区役所に申し出れば、市区役所は、加害者やその代理人からの住民票等の閲覧や謄写請求を受け付けないようにすることを支援措置といいます。この手続きをすれば、基本的には、DV加害者やその代理人には、住民票の住所は開示されません。
(2)住民登録を異動させない
もっとも、役所によっては、加害者やその代理人からは受け付けないが、第三者からは受け付けるところもあったり、役所の担当者のヒューマンエラーで情報が漏れてしまう危険性はゼロではありません。そのため、少なくとも離婚が成立するまでは住民登録は異動させない方が安全といえます。
住民票を異動させなくても、子どもは転校手続きも出来ますし、行政の公的サービスも受けることが出来ますので、多少の不便はあるものの、母子の生活自体には大きな支障はありません。
(3)行方不明届不受理の申出をする
家を出て避難する前に、警察でDVを理由に避難することを伝え、夫から「行方不明者届」が出ても受理しないよう申出しましょう。
一般的に行方不明者届が出されると警察は「行方不明者」を見つけたら、届出人に「行方不明者」の居場所を知らせることになります。しかし、行方不明届が出された後に、妻がDV相談をした場合は、行方不明者届の登録を解除し、その後は、その妻と子に対する行方不明者届は受理しない扱いになっています。
(4)健康保険
妻子が被扶養者として夫の健康保険に入っている場合、病院に受診した場合、医療費の通知が夫に送られます。となると、避難先の近くの病院で受診した場合、夫に避難先のヒントを与えてしまう危険があります。
そこで、妻が夫の健康保険組合に申出をして、夫宛ての医療費通知には、妻子の情報は記載しないようしてもらうか、医療費通知は、妻の指定する送付先に送付してもらうことが出来ます。
さらに、DV相談証明書を取得していれば、妻が年金事務所で手続きをすれば、夫に手続きをしてもらう必要なく、妻子の被扶養者喪失の手続きができ、妻自身の健康保険に加入することが出来ます。
3DV保護命令
妻子が避難した後も、夫の妻に対する暴力の危険がある場合は、DV保護命令を検討します。なお、現在の法律では、DV保護命令の対象となる「暴力」は殴る蹴るなどの身体的な暴力に限定されており、モラルハラスメントなどの「精神的暴力」は対象とされていません。
DV保護命令とは、裁判所が、DV加害者に対し、DV被害者および同居の子等に対し接近することを禁止したり、被害者が家に荷物を取りに行くために一時的に家から退去を命じる決定のことをいいます。
DV保護命令は、地方裁判所に申立をします。申立をするとその日のうちに被害者の審尋(裁判官が事情を聞くこと)をし、その約1週間後に加害者の審尋をし、2~3週間程度で決定が下されます。
DV保護命令手続きの進行は他の手続きに比べてとても速いのですが、DV保護命令(接近禁止命令)が認められるためには、暴力の日時場所方法程度を詳細に主張し、ある程度客観的な証拠(警察の記録、怪我の診断書、カルテ、怪我の写真等)も提出し、いかに将来もまた暴力を振るわれる危険性が高いか証明する必要があります。
審尋でも、裁判官からかなり詳細に事情が聞かれます。申立すれば決定が出るような機械的で容易な手続きではありません。
もっとも、このようにしてDV保護命令が無事出されれば、被害者の生活の安心を確保できるだけでなく、その後の離婚等の手続きでも、被害者にとって有利な形で進めることが出来ます。
4離婚調停
妻子の身の安全が確保されたら、離婚調停(夫婦関係調整調停)を申し立てます。
調停は、原則として当事者が家庭裁判所に出頭して、調停員を介して話し合いをして解決を模索する手続きです。
DV事案の場合、当事者が裁判所で接触しないように裁判所も最大限の配慮をします。例えば、それぞれの待合室の階を別にしたり、調停室を別にしたり、来所する時間をずらす、期日自体も別の日にする、電話調停にすることなど考えられます。最近ではオンラインでの調停の導入も検討されています。
離婚と離婚条件で合意に達し、調停離婚が成立するときは、当事者が調停に出頭する必要はあるのですが、当事者が同席せずに成立させることが出来ます。また、合意には達しているが、夫に対する恐怖でどうしても裁判所に出頭できない場合は、「調停に代わる審判」といって、実質的には当事者の合意であるが、形式上裁判所の決定の形にして、離婚を成立させる場合もあります。
5離婚裁判
調停で離婚について合意が成立しない場合は、離婚訴訟を提起する必要があります。
離婚訴訟は、裁判官が離婚事由の有無を判断して、離婚を認めるか否か、その他の条件を認めるか否か判断する手続きです。
DVがある場合は、民法770条1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」があるといえ、離婚が認められます。
裁判では、協議離婚や調停離婚と異なり、離婚事由の証拠が必要です。ここで、夫からDVは振るわれていたけど、客観的な目に見える証拠がないので、離婚が認められないのではないかと心配される方もいらっしゃいます。
しかし、この点はあまり心配する必要はありません。離婚訴訟の中の証拠には、本人の証言、陳述書も証拠になり得ますし、夫から避難して、別居を開始し、離婚訴訟まで提起しているという一連の事情から、「婚姻を継続し難い重大な事由」があると認められることも多いです。
離婚訴訟の場合、当事者本人の尋問が行われるのが原則ですが、その際に、同じ部屋(法廷)に夫がいると精神的に辛く、十分な証言が出来ないという事情があれば、同じ法廷にはいてもお互いに見えないように遮蔽措置をとってもらったり、別室からビデオで尋問を実施してもらえる場合もあります。
6面会交流
DVを理由に夫から避難しているにもかかわらず、夫が子との面会交流を求めてくることがあります。
現在の家庭裁判所の実務では、一般的には親子の面会交流は子の福祉に叶うので認めるべきであるが、子の福祉を害する特別の事情がある場合は、禁止、制限するとしています。そして、どのような場合に面会交流が禁止または制限されるかは、個々のケースの事情を考慮して決められます。裁判所は、夫の妻に対するDVだけでなく、その他の言動なども考慮して、面会交流を禁止または制限するべきか否かを判断しているようです。
実際、夫のDVがあった事案で、夫に加害の自覚ががなく妻の気持ちを尊重する態度がなく、妻と対等に協力しあうことは困難な状況で面会交流を実施することは、妻に心理的な大きな負担を与え、母子の生活を不安定となり子の福祉を害するとして、面会交流を認めなかった家庭裁判所の審判もあります(東京家庭裁判所平成14年5月21日審判:家庭裁判所月報第54巻11号77頁)。